はじめに
Twitterにて、「WACCを決定した結果として算定される株主資本価値をWACCの計算式に組み込むことにより循環計算を発生させた上で、一定の計算回数により値を収束させる」手法に関しての話題が上ったので、本コラムにて私見を記載しておこうと思う。
なお、「ストレートに考えればこうなのではないか?」という姿勢で本コラムを記載しているに過ぎず、業界としてのプラクティスでもなければ、私が所属する組織のプラクティスというわけでもない点はご留意いただきたい。
ここでいう「循環計算」とは
循環計算とは、循環参照を行った計算のことを指す。「反復計算を行う」にチェックを入れない状態で循環参照を行った場合のExcelのエラーメッセージによれば、循環参照とは「数式が直接的または間接的に地震のセルを参照している状態」をいう。
また、ここでの文脈は、単純な循環計算のことではなく、反復計算(1,000回や10,000回)が行われる循環計算のことを指す。(反復回数についても誤差の観点から何回以上で設定するべきという実務上の留意点があるもののあまり詳しくないのでここでは割愛する。)
WACC算定における「循環計算」の目的とその合理性
WACC算定における循環計算は、最も株式価値の高くなる資本構成を算定する目的で使用されると理解している。この手法自体に「理論的な裏付けがない」と否定的な立場を取る方がいるものの、株式価値が最も高くなる資本構成を目標資本構成とすること自体は否定されるものではないと考える。
実務では類似企業の資本構成の平均値や中央値、経営者の想定する目標資本構成、直近の資本構成を使用する方法等のいくつかのプラクティスが存在するが、そのすべてが将来収束すると考えられる資本構成を算定する手段に過ぎないためだ。
つまり、将来収束すると考えられる資本構成を算定する1つの方法として、「循環計算」を使用すること自体は否定されないと理解している。
WACC算定における「循環計算」を避けるべき4つの理由
ただ、実務においては安易な循環計算の使用は嫌われる。私もWACC算定において循環計算を使用することには否定的である。その理由を整理してみた。
①その他のパラメーターの前提との不整合を見逃す可能性が高まる
資本構成を循環計算によってWACCを算定する場合、WACCを算定するために使用する「その他のパラメーター」は固定されていることが大半だ。ただ、理論的に考えれば、資本構成は「その他のパラメーター」と密接な関係がある。
極端な例として、対象企業の負債の比率が10%、株主資本の比率が90%だとして、負債コストはその企業の直近の実績から2%と計算しているケースを想定する。
上記の例において、循環計算によって算定された資本構成が、負債の比率が10%、株主資本の比率が90%だった場合、使用する負債コストが2%のままというのは妥当だろうか。
循環計算によって算定した場合、上記の例のように他のパラメーターの前提との不整合が生じさせてしまう可能性が高まってしまう。
当然、循環計算を使用しない場合であっても各前提の整合を確認する必要はあるが、循環計算を使用している場合、他のパラメータを修正することで循環計算の結果も変わることから、前提の確認頻度が増えてしまうし、更新の度に確認することも面倒なことこの上ない。また、その結果として不整合を見逃す可能性も高まってしまうデメリットがある。
②実現不可能な資本構成になっている可能性がある
既述のように、WACC算定時の資本構成は「将来的に収束すると考えられる資本構成」を使用する。一方で循環計算によってはじき出される資本構成は、あくまでExcelではじき出された机上の空論にすぎず、その資本構成を採用していいのかの議論はまた別の話である。
①の例のように、現状の資本構成と大きくかけ離れた資本構成が算定された場合、その理由がきちんとあるかを確認する手間を考えると私個人的には避けたい手法である。
③議論がしづらい
上記で少し触れたが、他のパラメーターやFCF等を修正した場合、資本構成が再計算されることになると、説明の変数が増えることになる。
「循環計算を使用する」ことは、資本構成が定まっておらず常に変動するといえる。Valuation実務においては、1度試算した結果がそのまま採用されるケースは少なく、様々な議論を経て最終的な成果物となる。実務上の議論の場においては、資本構成の変動が議論の邪魔をしてくることは想像に難くない。
(2023/7/6追記、下記の視点が抜けていたので補足)
①マネジメントケース
②修正ケース(仮称)
③DD反映ケース(仮称)みたいのがあった場合、選択するケースごとに資本構成と割引率が変わるみたいな話になりまふね👶
— 眠らされたハマデージュ⚡ (@khjbdf) July 6, 2023
④単に重い
循環計算をしているにもかかわらず、Excelの計算方法が自動と設定されたまま保存された場合、「Excelを開いたとき」「Excelを保存したとき」「数式を含むセルを編集したとき」に循環計算がスタートする(たしか)。PCのスペックにもよるが、いちいちそんなことに時間を取られていては敵わない。チーム内で嫌厭されること間違いなしだ。
結論
悪いことは言わないから循環計算で資本構成を決めるのはやめよう。
おわりに
とりあえず思うままに書いてみました。なにかご感想・ご指摘があればぜひ下記からお願いします。